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国史跡岐阜城跡で新たな石垣が見つかりました!

(2018年5月22日更新)

概要

国史跡岐阜城跡では平成20年度に登山道沿いの分布調査を実施しており、その際多くの砦跡、石垣跡が確認されています。
今回、登山道沿い以外のエリアについて、調査を実施した結果、新たな石垣が見つかりました。
※発見された場所は国有林内で、立ち入り禁止区域となります。

調査時期:平成30年1月~4月
調査箇所:金華山北西部(1)及び(2)
調査内容:踏査による遺構分布調査を実施
     (目視による確認、写真撮影等)

(1)赤川洞(赤ヶ洞)において、谷筋を護岸する巨石石組みを確認。
・標高45~65m
・8段の平坦地を確認
・谷筋に造られた石組みの総延長約50m
・石組み石材の大きさ2m以上

(2)天守から北西の尾根上において、新たな石垣群を確認。
・標高145m~160m
・6段の平坦地を確認。うち、3か所の平坦地西斜面に石垣が1~3段分残存。
・石垣の総延長約38m(20m、10m、8m)
・石垣石材の平均長さ約80cm
・最も大きい石材は長さ270cm×高さ60cm(岐阜城で最大)

※石材はすべてチャート


新発見の石垣(写真は柴橋市長)


岐阜城で最大の石垣石材

有識者の評価
中井均氏(滋賀県立大学教授)、加藤理文氏(日本城郭協会理事)

<赤川洞(赤ヶ洞)について>
・ 谷川の雰囲気は発掘調査前の信長公居館に似ている。
・ 江戸時代の伝承にある織田秀信公の居館か。

<中腹の石垣について>
・ 城下町から見えない場所には築いていない。城下町からの眺望を重視していた。
・ この場所は山上の天守に準ずる役割があった可能性がある。どう使われていたか知りたい。

<山城としての岐阜城の評価について>
・ これまでの岐阜城の概念(山上の詰城+山麓居館という二元的構造)を
考え直させる大きな発見。

 
※5月20日(日曜日)の見学会には多数の申し込み、ご参加いただきありがとうございました。
※秋以降にも、再度見学会を開催する予定です。